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第29話 婚約者候補だった彼女から「文化祭へ行ってもいい?」と聞かれました

last update publish date: 2026-09-10 21:52:01

 文化祭まであと九日となった朝、私は目覚まし時計が鳴るより少し早く目を覚ました。九条家の問題が片づいたからではなく、むしろ昨日より一つ厄介な材料が増えているのだけれど、それでも最近の私は、何かが起こるたびに一晩中眠れなくなるほど追いつめられることは少なくなっていた。怖いことは怖いし、知らない誰かに自分たちの生活を覗かれている気持ち悪さだって消えていないが、それとは別に学校へ行けば美咲たちがいて、文化祭の準備があり、隣の席には篠宮君がいるという日常も続いている。その両方が自分の生活なのだと、少しずつ受け入れられるようになってきたのかもしれない。

 朝食を食べながらスマートフォンを確認すると、西園寺綾乃さんから昨夜遅くに届いたメッセージが一件残っていた。

『突然ごめんな

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    第78話 「主役じゃなかったです。でも、辞めたくありません」御曹司の妹が初めて“選ばれない悔しさ”を自分で持ち帰りました 篠宮君が地域政策アイデアコンテストへ企画を応募した翌週、今度は美玲ちゃんの演劇部のオーディション結果が出た。 知らせを受けたのは、放課後の教室だった。 私は帰り支度をしながら、美咲と『焼き林檎のひと休みタルト』の売れ行きについて話していた。「今週、雨の日だけ二個残ったんでしょう?」「うん。でも叔父さん、前みたいにすぐ減らさずに、もう一週間同じ数で見るって」「紗季も平気なの?」「前よりは。最初は残ると全部私のせいみたいに思ってたけど、天気とか曜日とかあるし」「ちょっと店の人っぽくなったね」「まだ高校生」「でもPOP書いて値段決めて、売れ残りで一喜一憂してる高校生ってあんまりいないよ」「それ言ったら、政策コンテストに十九ページ送る高校生もあんまりいないでしょう」「篠宮君ね」 その本人は、教室の後ろでスマートフォンを見たまま止まっていた。 最近、本人が黙り込むと以前ほど不安にはならない。 考えているだけの時もあるし、嬉しすぎて止まっている時もあるし、相沢君から妙なメッセージが来て処理に困っている時もある。 ただ、今日は少し違った。「紗季」 美咲も気づいたらしい。「篠宮君、顔硬くない?」「うん」 私は鞄を持ち、そのまま彼の席へ向かった。「篠宮君」 呼ぶと、少し遅れて顔を上げた。「高梨」「何かあった?」「美玲から」「オーディション?」 篠宮君が頷く。

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    第77話 「その再開発、本当に商店街の人が望んでるの?」御曹司が初めて自分で企画を作ったら、私に最初からやり直せと言われました 私が考えた『焼き林檎のひと休みタルト』が店頭へ並んでから一週間、ソレイユでは最初の十二個完売に浮かれて大量生産へ走ることもなく、叔父さんの強い主張によって十四個、十四個、十六個と慎重に製造数を増やしていた。 毎日完売するわけではなかった。 雨の火曜日には三個残ったし、水曜日は逆に午後四時前になくなった。土曜日は二十個まで増やして十九個売れ、残った一個を叔父さんが「商品確認」と言い張って閉店後に自分で食べた。「それ、売れ残りを正当化してるだけじゃない?」 私が言うと、叔父さんはフォークを持ったまま平然と答えた。「味の変化を見るのも仕事だ」「だったら半分私にちょうだい」「もう食った」「仕事なら分けてよ!」 そんなふうに、売れたり残ったりしながら商品は少しずつ店に馴染み始めた。 四百九十円という値段も、とりあえず今月いっぱいは変えないことになった。 私にとっては、それだけでもかなり大きな出来事だった。 けれど、その一週間の間に今度は篠宮君のほうが、珍しく私へほとんど相談をしてこなくなった。 原因はわかっている。 高校生・大学生を対象にした地域政策アイデアコンテスト。 以前見つけたと言っていたあれに、本当に応募することを決めたらしい。「篠宮君、最近昼休みまでパソコン見てるよね」 木曜日、美咲が私の机へ頬杖をつきながら言った。「うん」「何やってるの?」「地域政策のコンテスト」「本当に応募するんだ」「みたい」「紗季、内容知らないの?」「まだ聞いてな

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    第75話 「売れる値段じゃなくて、私が売りたい値段を先に聞いて」御曹司にケーキ屋の新商品を相談したら、経営会議になりかけました 三者面談が一段落した翌週、私の進路について考えるきっかけは、学校ではなくソレイユの厨房から降ってきた。「紗季、これ食ってみろ」 土曜日の午前十時過ぎ、焼き上がったばかりの菓子を叔父さんが私の前へ差し出した。「何これ?」「見りゃわかるだろ」「見た目はタルトだけど、何の?」「だから食え」「説明する気ないじゃん」 私はエプロン姿のまま、小さく切られた試作品をフォークで一口食べた。 表面は薄くキャラメリゼされ、その下には少し酸味の残る林檎、さらにその下には香ばしいアーモンドクリームが入っている。「……美味しい」「それだけか」「急に商品会議みたいに言わないでよ」「試食頼んでんだから感想くらい言え」「林檎の酸味ちゃんと残ってる。あと、上が甘いから中まで甘すぎないの好き。タルト生地も前より薄い?」 叔父さんが少しだけ満足そうに頷く。「三ミリ薄くした」「三ミリでそんな変わる?」「変わるわ。菓子なめんな」「なめてないよ」 厨房の奥から母も出てきた。「どう?」「かなり好き」「あら、蓮君の口癖うつってる」「最近みんなそこ言う!」 母は笑いながら、もう一皿持ってくる。「こっちは?」「まだあるの?」「こっちはシナモン少し強め」 二種類を食べ比べる。「私は最初のほう」「理

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    第74話 「三年生から九条蓮司として通います」三者面談で御曹司が母親の前でも、自分の進路を自分の言葉で決めました 相沢君のサッカーの試合を見に行った翌週、教室の後ろに新しい予定表が貼り出された。 十一月三者面談。 生徒一人につき二十分。 三年次の類型選択と進路希望を中心に、本人、保護者、担任の三人で話をするらしい。「二十分って短くない?」 予定表を見ながら美咲が言うと、佐伯先生は教卓からこちらを見た。「予定通り二十分で終わる家庭ばかりなら、私も楽なんだけどな」「延びるんですか?」「去年、親子喧嘩が始まって五十分使った家がある」「怖っ」「だからお前ら、できれば家で話すことは家で話してから来てくれ。『お母さん、私その大学行かないって言ったでしょ』『そんな話聞いてません』を面談室で始めるな」 教室に笑いが起きた。「先生、経験積んでますね」 相沢君が言う。「お前らより長く高校生を見てるからな。それから篠宮」「はい」 後ろの席から返事がする。「お前は面談前に一度、放課後残れ」 教室の何人かが振り返った。 私は何となく理由を察した。「何で篠宮だけ?」 相沢君が素直に聞く。「事情がある」「進路?」「それも含めてだ」 佐伯先生はそれ以上説明しなかった。 文化祭の時に「篠宮蓮が本名ではない」ことまではクラス全員へ知られているので、誰かが特別扱いだと騒ぐこともなかった。 ただ、本人は少し硬い顔をしている。 ホームルームが終わると、いつものように私の席へ来た。「高梨

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